Yukiのストーリー 「フランスが私を救った」

私が命を捨てずに済んだ理由

「フランスの女性の生き方を知ったから」

ストーリ1ネガティブ子誕生で書いたような辛いことがたくさんある中でも

それでもきっと私は「自分を大切にしたい」

「幸せになりたい!」という願望が生まれ持って強かった私。

 

生まれ持っているこの感情が

何かを求めていた、探していた。

 

私の居場所を探していました。

「生きていいんだよ」そういってもらいたかった。

 

その求めていたものを中学生という早い段階で

知ることができたことは、本当に救いだったと思います。

 

10代の人生の中で最大の気づきはこれです↓↓↓

フランス文学・哲学が「生きていいって」教えてくれた

ありがとう!フランス!笑

 

中学1年でフランソワーズ・サガンの『悲しみよこんにちは』を読みました。

 

その世界に溺れるようにそれからサガンを読み漁りました。

その憂をひめたような世界に没頭することで現実から逃げれたから。

 

そして、そこからフランスが気になり始めて、

中1で高校生になったらフランス語を勉強するって決めて

学べる高校を希望校にして勉強を頑張りました。

 

何かのテキストに

サルトルと、シモーヌ・ド・ボーヴォワールが出ていました。

中学ではよくわからなかったけど、すごく気になったのです。

 

そのあと、ココ・シャネルの「私が成功したのは孤独でしかない」

という言葉がやたらと気になって高校入試の面接ではそれについて語ったほどです。

 

そこからずっと私はフランスに魅せられています。

「権利、自由、友愛」の国。

私は、フランスを調べていくうちに、

権利と自由が自分にもあるかもしれないと思うことができたのです。

(確実に皆にあるのですが、私には、それはないと思い込んでいました)

 

思春期だったこともあり、

心も、体もバランスを取れなくなりました。

 

自律神経失調症、鬱

過換気症候群、パニック症になりました。

 

なんども、あと少しで本当に・・・というところで

 

私、フランスに行ってない、死ねない。

あの場所へいったら私には違う人生があるかもしれない

と、最後のとこまで行かずに思いとどまることができました。

 

日本ではない場所に、私の求めたものがあった!

フランスに行く前に高校生の時にオーストラリアにホームステイをしました。

今まで言われたことのない、I love you を毎晩のように

ホストマザーに言ってもらい、帰国の時も、

「あなたは私たちの5人目の家族だからいつでも帰ってきなさい」言われて、

愛されていることを実感しました。

 

ま、日本に戻ってすぐにやっぱりあれは夢だったんだ・・・なんて思ってしまって

それでも日本で私を思いりき愛してくれる人はいない。

負の連鎖は続き、もうどうにもこうにも行かなくなります。

 

本当酷いネガティブ子さんでした。

 

両親の中は悪くなるばかりでしたし、

私の身体もどんどん壊れてきました。

 

その度に、私さえいなければと思う日々。

いっそのことこのまま・・・って思うのに、

それは神様がきっとさせてくれなかったんだね。

《誰かの人生しか生きてなかった》

それでも必死に、いい子。いい娘、いいお姉ちゃん。いい人。

誰かの〇〇という人生を生きていました。

 

フランスに行ったら私の生きる人生があるような気がして

必死に毎日を過ごしました。

 

思春期にエピソードがたくさんあるので全てを書いていると

ブログでは収まらないのでぜひ、書籍をご購入ください!

《念願のフランスに降り立つ!》

さて、19歳の3月。念願のフランス留学をしました。

今でも昨日のことのように覚えている旅発つ前の日の恐怖。

 

やっと行ける喜びと、これで私の生きる意味がなくなる恐怖。

やっと叶うという興奮を超えた恐れがありました。

 

しかし、フランスの地に足をついた時。

自分でちゃんと立っている。生きているそんな感じがしました。

心底、ホッとしたました。あの感覚はちょっと私の語彙力で説明ができないのですが、

「ここだ」って感じ。

 

フランスでは「自分はどう思うのか」

これが大事です。しっかり言葉で思いを表現して行く必要があります。

《最高の孤独タイム》

1ヶ月でしたが、母と離れられたこと、

日本語を極力使わないようにして新しい人生を見つけようとました。

何より、じっくり自分と向き合うことができました。

 

「私は何を思うのか」

「私はどうしたいのか?」

「私は生きたいのか?そして、どう生きたいのか?」

を常に考えました。

 

この時に、

「孤独」とは悪いことではないんだということも学びました。

 

帰国した時、もう一度くること、もっと深く学ぶことをこれからの

生きる力にしようと胸に刻みました。

 

しかし、それから就活がすぐに始まりあっという間に時が過ぎました。

少しずつ考え変わってきたとはいえ、

 

なんせ、自分が生きてることさえごめんなさい。

と思っているので自分を否定しまくっている私ですから、

就活でも履歴書の長所欄を書くのが大変でしたが短大も卒業して、

就職もできました。

 

そこしずつ、発作は収まり

21歳で結婚しました。22歳で長男を出産してから母親である、

守らないといけないことがあるという自覚が芽生え、

倒れてはいられないと思う気持ちから体は強くなりました。

 

それでもまだ、

根が深いものが自己嫌悪。

誰かの何かとして生きるというクセでした。

 

《今度はいいお母さんとして生きよう!》

もう、どこまでおバカ、学習しないのでしょうか、

母親になってからの私は、やっと自分の人生を生きるって思えていたのに、

また始まった誰かの〇〇さん人生。

 

必死でいいお母さんになろうとした、

若いお母さんだからって世間から笑われないように。

いい奥様。いいお嫁さん・・・・

 

誰かの何かとしての評価が気になる。

世間体が気になる。

 

しかし、本来の私が生まれ持っている素質が「自由奔放」

私は射手座で、亥年、個性心理学ではライオン。

見る人が見たら、そりゃそうだろ。ってなりますよね?

 

そう、だから、本当の自分の素質と、真逆をしようとしてるから

当たり前に疲れる。

うまくこなせちゃうけど、長く持たないのです。

 

《やっと心の叫に気がつく28歳の誕生日》

魂が、私の身体の奥底から

「もーーーーう!無理!!!!!」という声がしたのです。

 

そこからです。

大きなことに気がつきました。

そして、人生が変わったのです!

 

どんな風に変わって、

何があったのかはラスト、「今の私」編で!

 

毎度のご紹介ではありますが、

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長谷川ゆき

 

Yukiのストーリー プロローグ

Yukiのストーリー 暗黒時代1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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