「女らしさ」とか「男らしさ」とか幻

Bonjour! ユッピーです!

今日は「女らしさ」「男らしさ」という言葉について考えます!

土曜日は、日仏女性研究学会で、私担当したセミナーがあり司会をいたしました。

「ボーヴォワール・ルネッサンスが起きている!

ーー今を生きる私た地へのメッセージを読み解くーー」

   ←食事会

OMOYA Inc. 代表取締役の猪熊真理子さんにもご参加いただきました!

 

非常に難しい内容でした。哲学の視点から曖昧なジェンダーというものを考えたのです。

そのレポートは学会のなかで書きますので、多分来年あたり

皆さんにもご覧いただけます。

今日は、

「要は、どういうこと?」ってことで意訳的に書きたいと思います。

 

生きていく上で、人って1人じゃないですよね。

誰かと必ず関わって生きていく。

 

子どもも、大人も関係なく、

みんなそれぞれが他人(自分以外の人)とどう関わるか

という挑戦をしているということです。

 

他人をどんな人かと位置付けをしているのは自分で、

自分がどう位置付けしているからで相手との関係が決まる。

エコールドユッピー

例えば、

「この先輩、いつもすごく厳しいことを言ってくるけど、でも私のために言ってくれてる人」

と自分が決めたら、好意的に捉えて、大切な人になる。

ひょっとしたらそれが

恋愛対象になる感じだったら、好きにだってなるかも。

 

でも、

「この先輩は、いつもすごく厳しいことを言ってくる。ムカつく、揚げ足ばかり撮って・・・」

と思ったら、同一自分物であっても、あの先輩は嫌い。嫌な上司。なんて風になります。

 

まず、自分の前に立っている人を

「どんな存在かって決めているのは自分である」

(この辺深ーく知りたかったらボーヴォワール『他人の血』をお勧めします!)

 

このことに気がつくと生きるのが、まず楽になる。

だって、逆を言ったら自分が決めればいいから。

 

そして、「自由」について私もよく語りますが、

先日の発表を聞いて「そうだった!そうだ!」と強く思ったことがあります。

 

それは、

「自分が自由でありたいと思うなら、相手だって自由であるってことを承認しなきゃね」

ということ。そりゃそうだよね、

自分自身が自由を望むなら、相手、周りにいる人たちだってそれぞれが、

それぞれの自由を手に入れようとしているわけで、

それを認めて、受け入れないとですよね。

 

一言で言うと、「お互い様」

これは、絶対忘れてはいけない大切なことです。

 

「自由」ってところから考えると、

人の在り方だって自由なのです。

 

例えばね、

「女ですが、お裁縫できません。家事苦手です」ってアリですよね?

↑ユッピーのことですけどね。

やっぱり私も、人に言うとき、「私ってお裁縫できないんです。家事嫌いだし、苦手で」

ってちょっと後ろめたい気持ちで言ってしまう。

 

ある男性は言います。

「可愛いものが好きです。だから女の子と間違われるけど、

女性が好きだし、女の子になりたいわけでもなんでもない」

 

家事が苦手な私、可愛いものが好きな彼、

2人とも一般的な「女らしさ」「男らしさ」と言うイメージが頭にあるから

そんな言い方をします。

 

でも、それらはダメなことですか?

そんなことないですよね?

 

女性だけど、家事が苦手でもいいし。

男性だけど可愛いものが好き。全然問題ない!

 

みんな、それぞれ、男、女なんて割り切れないものを持っているのです。

 

それが、強い人がいるというだけなのです。

 

悩み苦しむほど、体と心が合わない人を「トランスジェンダー」という。

理解してもらえないけど、心や自分の感覚が、世間の言ってるものと合わないというのを「Xジェンダー」という。

差別さする必要もない、名称がある。そんな感覚で本来はいいはずなのです。

 

でも、社会というものは、構築していくために

分類という作業をとても好む。

だから、男。女。という2つに分けたのだと思います。

 

哲学、心理学など多方面で考えても、2つではないと言えるはず。

生物学的にはわかりませんので、そこはまた別に考えてください。

 

つまり、

「女らしさ」「男らしさ」なんて幻!

とユッピーは考えました。

 

言葉が安易だけど

つまりは十人十色なのです。

 

だから、

「らしさ」って言葉に縛られる必要はない。

なんなら、「自分らしく」って言葉さえ、

人は変わるから、「らしさ」も変わるくらいだし。

 

いいの!

女だから、こうしなきゃとか、

男だからとか!

 

「男のくせに泣くな!」ってことは私は息子には言わない。

泣きたい気持ちに、男も、女もない!

ただ、「そんなことで泣くな」ってことは言っちゃう。反省ママです笑

 

私は、両親に「女なんだから」って言われて苦しかった。

字が汚い。箸の持ち方、家事をすること、器用に物事ができない。

それは女として恥だって、なのになんでお前はできないんだ、女なのに。

 

そんな感じで成長したので勝手に、思っていた。

「母親だから、母親なのに」「コーチなんだから、コーチなのに」

男性、女性に限らなくて、

自分を苦しめる考えは全て取っ払っていいと思うのです。

 

自分と、世の中のイメージしているものと差異って感じずにはいられない時があると思います。

でも、それを受け入れて行きましょう!

 

受け入れて生きていけばいい、違くていいのです。

そして、「自分には自由があって、世の中のイメージと違うことがある」ということが受け入れられたら、相手にも同じことが言えると理解することです。

 

それができない人は自分勝手な人になってしまう。

 

だから、何が一番大切かって

やっぱり自分だと思うのです!

自分が自分をしっかり受け止めて認めて

愛してあげることです。

そうしたら、何かが起きても動じないでいられる。

 

これ↓Ecole de Yuppyのスローガン

エコールドユッピー

 

自分を満たすことができたら

誰かのことも優しく手を差し伸べたりできるのです。

 

みんながそうやって行けば

差別もなければ、一人一人が生きやすい時代になる。

 

役割が必要で、会社、社会で分けていくのなら、

もう、性別的分け方を一切やめて、

1人ずつに適材適所で役割が与えられたらいいのに

 

そう願うので、

私にできる活動を続けて生きます!

 

それでは愛を込めて

素敵な1週間をお過ごしください!

 

P.S

自分の軸をもつため、自分を好きなる1歩

フランス式セルフコーチング体験会を行います!気なる方はぜひ!

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です